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2007年8月17日 (金)

中央アジア16

■ビビハニム・モスク

Photo_14 大規模なモスク。ビビハニムはチムールの奥さん。この建築家はチムール遠征中に、彼の妻であるビビハニムに恋をして、どうしてもキスをさせてほしい、させてくれれば早く完成させる、としつこく迫る。度々の求愛にビビハニムは折れ、一度だけ建築家にキスをさせてしまう。そのキスの跡を見つけたチムールは、建築家を死刑に、ビビハニムをこのモスクのミナレットから突き落としてしまう。別の説では、ビビハニムは一命を取り留めたが、これ以降、イスラムの女性は黒いヴェールで顔を覆わねばならなくなった、との伝説がある。

■シャーヒ・ズィンダ廟群

Photo_11 シャーヒ・ズィンダとは"生ける王"という意味で、7世紀、預言者ムハンマドの従兄クサム・イブン・アッバースはここで異教徒に襲われて、首を刎ねられてしまった。ところが彼は動じることなく礼拝を終え、自分の首をかかえると、深い井戸へと入っていった。という伝説よりつけられている。

ここの入り口の階段を、上りと下りで段数を数え、同じ数字なら日々の行いが良く、天国に行けるらしい。違う数字になってしまったら、再度出直しだとか。私はばっちり同じ数字だった。

その奥には、チムールゆかりの人々のお墓が所狭しと並ぶ。妹や姪など。他にも不明な墓などもあるのだが、女性が奉られている墓は内部の装飾も女性らしい、かわいい装飾になっていて、素敵である。残念なのは、建物同士が密集しすぎていて、引きで見れないこと。

■ウルグ・ベクの天文台

Photo_12ティムールの孫である、ウルグ・ベクの作った天文台。今では、内部が一部残るのみになっている。ウルグ・ベクは、統治者というよりは学者肌の人物で、偉大な科学者の1人として数えられている。この天文台で計測した1年の長さは、現在使われているものと1分弱しか変わらない、という精度の高さ。他にも、1018もの星の軌跡を記録した彼の天文表は、後に弟子達によって出版され、ウルグベクの名前を広く世に知らしめた。


■アフラシアブ の丘(博物館)
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現在は、見渡す限りの荒れた丘になっているが、モンゴルに破壊される以前は、何世紀もの間ここに町が栄えていた。発掘の結果、11層もの時代の痕跡が、重なっているとのことだ。昔はこの場所をサマルカンドと呼んでおり、シルクロードと結ばれて運ばれてくる物資や商人で賑わっていたという。


■アフラシアブ(アフラシャブ)博物館
7世紀のフレスコ画が保管されている。中国的な女性も描かれており、当時の交易圏の広さを物語っている。

午後:サマルカンド→タシケントへ移動

■独立広場

Photo_36上院議会脇の広場。広大。



■チムール広場

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馬に乗ったチムールの銅像がある広場。



■ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場

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日本人捕虜が第二次世界大戦後、シベリアから数百人送られて、この劇場を建てる仕事をさせられていた。向かって左手の脇にはそのことが書かれた記念碑が壁に埋められている。私が行った時は、ちょうど日本の歌舞伎かなんかの公演の大垂幕がかかっていた。

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