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2007年8月 6日 (月)

中央アジア05

午前&午後:ビシュケクへ移動

■ビシュケクへ移動
朝食が10時からじゃないと出せない、とのことだったので、朝食をボックスにしてもらい、ビシュケクへ戻る。

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道中、遊牧民族の人が道沿いに構えていたので、立ち寄る。ユルタ(ゲル)の前に汚いプラスチックボトルに入れた馬乳酒(クムズ)や、塩っ辛いチーズ、果物を売っていた。ついでにユルタの中を見学させてもらう。馬乳酒は大きな樽の中で棒を上下させて作るらしく、おばちゃんが実演してくれた。

■昼食後
戦争記念公園へ。ジム・ロジャースの本にも書いてあったが、この辺にはどこのどんな小さな町にもこういう公園がある。

■ブラナの塔(トクマク)

Photo 2_2
11世紀初めに作られた、ブラナの塔。現在は高さ24m。以前は45mあったのだが、15~6世紀の地震で崩壊。残った部分も、傾いている。塔は登ることができるが、中は真っ暗でとても急な螺旋階段になっている。要懐中電灯(ヘッドライトが好ましい)。数十段しかないのだが、次の日足が筋肉痛になってしまった。踏み外すと危ない。

近くには、国中から集められた石人が飾られている。石人は色んな表情のものがあるが、必ず片手にワイングラスのようなものと、もう一方の手には刀が握られている。

10~13世紀のカラハーン朝の首都のひとつバラサグンではないか、と言われており、敷地内からは3つの墳墓や礼拝堂の跡もあるが、全体的にキルギスは発掘に熱心ではなく、ソ連時代に発掘されていたものがそのまま予算の都合上ストップされている。ここもそう。、

■アク・ベシム(破葉城)

Photo_2 ブラナの塔から約6km、玄奘三蔵(三蔵法師)も立ち寄ったとされている仏教寺院があった場所。6~12世紀の遺跡。629年に出発した玄奘三蔵がインドに向かう途中、イシククル湖を通ってここで突厥(トッケツ)の王に会ったらしい。彼らは一直線にインドに向かったのではなく、周囲の友好国を周ったりしながら、ガンダーラに向かっていった。言葉は、通訳をつけて旅行していたらしい。

■クラースナヤ・レーチカ

7~9世紀の広大な遺跡。長さ11mの横臥仏像が出土したが、いくつかに切ってエルミタージュに運ばれた。

■移動
移動中、子供が車に石を投げつけ、窓ガラスがボロボロに破損。危ないので車を替える。

AK KEME に宿泊

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