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2008年5月 7日 (水)

サウジアラビア8

香港の空港にて

81 去年、靴作りに行った時、香港ドルを残しておいたので、空港のイミグレの外側で使用。もちろん許留山のマンゴープリンは外せない!



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あと、第2ターミナルで中華粽、第1ターミナルの出発ロビーに戻ってふかひれスープをそれぞれ食し、死ぬほどお腹い~っぱい。


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2008年5月 4日 (日)

サウジアラビア7

サウジ一番の商業都市ジェッダ。メッカに比較的近いのだが、もちろんメディナ同様、イスラム教徒以外は立ち入り禁止。

1. メッカ入り口
70 わざわざこの写真を見るために、ドライブ。しかしこのサインボードから、更に30km以上離れた場所にメッカはある。



2. スーク
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かなり大きなスーク(市)である。日用雑貨から金のスークまである。しかしここで私はトルコ同様、「何にも買いたくないモード」が発令されてしまった。と、いうわけでかなりうろついたものの、収穫ゼロ。

72スークの路地裏。



3. フィッシュマーケット
74 サウジの築地。残念ながら内部写真撮影厳禁。よく知った魚や、見たことも無いようなカラフルなものまで。



4. lunch
75こっちのひとがシャンパンと呼ぶ、リンゴジュースを炭酸でわったものを飲む。首から下はアバヤ(女性の服)、上は男性の格好なので、サウジ人が見たら相当変に違いない。キモノをきてちょんまげのカツラかぶってるようなもんだ。



5. ジェッダ空港→リヤド→香港
76さらば、サウジ。


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2008年5月 3日 (土)

サウジアラビア6

1. アル・ウラ博物館
60 アル・ウラに関する小規模な博物館。ナバタイ文字(象形文字)~アラビア語までの変遷の図。あとは地域の暮らしとか。



2. ヒジャーズ鉄道アル・ウラ駅跡
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マダイン・サーレ駅に引き続き、アル・ウラ駅跡も訪問。フェンスに囲われており、中に入ることはできない。鉄道駅は、乗客がベドウィンの盗賊に狙われたため、犯罪多発地域であった。そこで、駅には必ず刑務所の建物が併設されている。



3. 小さな駅跡
63 マダイン・サーレやアル・ウラなどの大きな駅だけでなく、20kmに駅があった。



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中東辺りではよく見かける、ベドウィンスイカ。直径約5cm。



4. lunch
65 移動中でレストランが無いため、サービスエリア的な場所で、ランチボックスを食す。外国でよくありがちなランチボックス。この間のロシアもこんな感じなの食べたなぁ。



613 併設のスーパーにて。こちらではノンアルコールビールが豊富。私が見ただけでも4~5ブランドあり、それぞれ色んなフレーバーを用意している。



5. ズバイダダム(ズワイダダムかも)
66 名前がどっちだかはっきりしないけど、作った人の奥さんの名前がつけられたダム。登って端まで歩いていくことができる。



6. メディナ
67 イスラムの2大聖地の1つ、メディナに到着。でも、中には入れず。イスラム教以外の人には門戸が開かれていないのだ。街の周りには、"START OF HARAM AREA"ということで、他宗教の信者の侵入を拒んでいる。100メートル間隔くらいでこのグレー×白のモニュメントが建てられている。



68 道のずっと向こうに見えている、ミナレット(尖塔)の立っている建物がマホメッドの墓がある預言者モスク。



7. 空港にて
69 メディナからジェッダ(メッカの最寄空港)までの巡礼客がたくさん。巡礼客は、服装ですぐにわかる。風呂上りか?と言いたくなるような格好だが、バスタオル状のパイル地の布を2枚巻き、足元はゴム草履なのが巡礼スタイル。イスラムの教えでは、巡礼をする時には縫い目のある物を身につけてはいけないことになっているからだ。



8. 飛行機
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キブラ(メッカの方角)が、常に示されている。さすがサウジアラビア航空。窓の外には、預言者モスクがライトアップされている。



9.Hotel

612 ラディソンSASに宿泊。写真は欲張ったデザート


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2008年5月 2日 (金)

サウジアラビア5

  サウジのメインイベントとなるマダイン・サーレの遺跡はここ、アル・ウラという都市にある。

1.アル・ウラ旧市街
51 1940年に放棄されて以来、無人状態を続けている旧市街。実際にこの町に以前住んでいた人が、ガイドをしてくれた。



52 何とここでアメリカ人が、IMAXの映画撮影をしていた。公開は2年後らしい。小道具・大道具の準備中。観光客に会うこと自体珍しいらしく、向こうも私達のことをハイテンションで、写真に撮っている。「Japanese~!!」とか言って。



53 たった60数年前まで使われていたはずなのに、町は完全に廃墟になっている。



54 写真は私と、警察に連れて行かれたガイドのダウィちゃん(完全メタボ体型)



2.ライオンの墓
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アル・クライバのライオンの墓というのは、入り口の上にライオンのモチーフが飾られていることに由来している名前。イスラム教以前のお墓で、死んだら母の胎内に戻るという考えの下、入り口は狭く中は広い洞窟の中に葬った。2008年5月現在、調査のためフェンス&鉄条網が張られていて近づくことができない。

ちなみに近づくと右のようなモチーフになっているようだ。(リヤド博物館蔵)



3.エレファントロック
57 いかにも砂漠らしい風景の中に、奇岩群が現れる。象の形っぽい、巨大な岩。



4.lunch
Hotelに戻ってビュッフェ

5.マダインサーレ
この旅行の最大の目玉。マダイン・サーレの遺跡群。アル・ウラから22キロ北に行った場所にある。ナバティアの南の首都であったらしい。

5-1 アル・クライマット
58ナバティア人の墓が130以上見つかっている。しかも1つの墓には家族が入っているので、葬られている人の数は夥しい。入り口の上の碑文プレートには、死亡者の名前、墓を建立した職人の名前年月日が彫られている。年代的には紀元前1年~西暦75年くらいの物が一番古い。(イスラムが普及するよりもずっと前のプレ・イスラム期にあたる)



59 外見がやたらと凝ってる割には、中は穴が掘られているだけ。あと壁面に埋葬品を置いた棚がある。ちなみに中にはナバティア以降のものではあるが、未だに人骨が置かれている。お墓には2種類あって、両方5段の階段モチーフがついているのだが、両脇に大きく2段作られているのが、墓を作ろうとした後、一家の中で最初に男が死んだ墓。小さいものがたくさんついているのは、一家の中で女性が先に死んだ墓。



5-2 アル・ディワン、カッスル アル・ジョーンズ、貯水槽、エスリブの丘
511 512513大きな岩と岩の間の入口部分に作られた集会所のようなもの。イスラム教が普及する前、この辺り一体では、多神教が信じられていた。5人神がいるとされており、宗教彫刻が残っている。またその前には、大きく岩がくり抜かれており、王様がそこに座っていたとのこと。

貯水槽は、奇岩の岩肌に排水溝が掘られており、周囲の水が全てこの貯水槽の中に誘導されるように設計されている。



518 岩間を抜け、貯水槽を右手に見ながらエスリブの丘を登っていく。ちょっとした高台になっていて、眺望が素晴らしい。



5-3 ナバタイ人の井戸
519 ナバタイ時代の井戸であるが、今は枯れてしまっている。ここで欧米人の旅行客に会う。この旅行で、サウジ人以外の旅行者に遭遇するのは初めて。



5-4 アル・ヴィント
510 写真はアル・ヴィントの墓群。ヴィントとは少女の意味で、「昔、位の低い男を好きになってしまった少女に少女の父親が怒り、穴に閉じ込めた。反省するまで、と思っていたが、少女はその男のことが忘れられず、とうとう穴の中で死んでしまった」という神話に由来する。



5-5 カスル・アルファリード
514サウジの観光スポットとして一番有名なのだが、岩がまるごと1個、1つのお墓となっている場所。アラビア人のように、目以外全部隠して。ベドウィン風。



5-6 ヒジャーズ鉄道マダイン・サーレ駅跡

517 アラビアのロレンスで有名な、ヒジャーズ鉄道は、シリアのダマスカスからサウジアラビアの聖地メディナまでの区間を、シリア、ヨルダン、およびアラビア半島西部のヒジャーズ地方を縦断して連絡した鉄道であった。鉄道は1900年に建設開始され、1908年に完成し多くの巡礼や兵士を南へ運んだが、第一次世界大戦時にイギリスの支援を受けたアラブ勢力に破壊され、路線のほとんどは以後再建されることはなく、今は廃墟が残るのみである。



516 駅舎は無くなっているが、横の整備場はまだ残っている。



6. 夕陽ドライブ

515 夕陽を見に、4WDでドライブ。運転手はサウジの学校の先生達。つか、車もその人達の物。暇らしい。



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2008年5月 1日 (木)

サウジアラビア4

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朝、起きると目の前がマックだったので、写真を撮る。近づくと、マックアラビアチキンのゴミが!食べてみたいが朝ごはんを欲張りすぎたため、お腹一杯で断念。

1.アナイーフ(Annayef)の歴史博物館
43 歴史博物館に入る前にテントでデーツとアラビアコーヒー。一緒にくつろぐ宗教警察の人達。くつろいだあと、展示物を見学。武器や地域の生活の様子など。これらはすべて個人の所有物らしい。



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ここで、帰り際にコーランの中国語解説付きバージョンを貰う。いや、読めないから。近いからって読めると思ったら、大間違いだから。しかもとても重い…。迷惑なので、速攻ホテルの部屋に置いてくる。

2.ジュッバの岩絵
46 かなり大量の岩絵が残っている。しかし、その後の時代の人がその上にたくさん彫ってしまっているのが残念。
見づらいが、中心よりちょっと右寄りに王様の絵が彫られている。

虎やガゼルなどもいるが、やはりラクダの絵が一番多い。



3.事故目撃
48 移動途中に事故現場を目撃。何もないところなのに…。


49 あと、ドナドナ状態のらくだ。



4.lunch
410 こちらではメジャーなイチゴジュース。とても甘くて、イチゴジャムのような味になっている。大体ご飯は、チキン・ビーフ・魚のフライなどが多く、そこに野菜が加わる。主食は平たいパンとご飯、パスタなど。



5.夕陽

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アル・ウラへひたすら移動。


6. Hotel

412 Arac Hotelに宿泊。もちろんお祈り用マットとコーランが置いてあり、キブラのシールも貼られている。


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