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2008年11月22日 (土)

イタリア・サンマリノ 03

次の日、起きたら11時。友人が朝ごはんを作ってくれる。焼き栗がおいしい。ミルクティー、オレンジ、キウイ、サーターアンダーギー、スコーン、等々。Jesus Christ Superstarを観ながら朝食タイム。

Dsc05454 私がレバーペーストを好きなのを知っていた友は、私のために、お手製レバーペーストを作っておいてくれたらしい…。ちゃんとレバー炒めたりして。超感動的。お土産用にもらう。



他にも顔のパックや、うにご飯のふりかけ、顆粒だし、リンゴスムージーをお土産にもらう。

Dsc05436 ちょっとチェントロに寄って、ウィンドウショッピング。(日曜はほとんどの店が閉まっている。) 




Dsc05442_2 Dsc05444

その後で、冬場だけ設置されている、小さな観覧車に2人で乗る。ペルージャは山がちな地形なので、見晴らしが良い。アッシジも見えた。


地下のチョコレート売り場で、ラム入りトリュフをお土産に購入。

バスが空港まで出ていないとのこと。(日に2本で、ミラノ行きの飛行機時間に合わせているらしい…。不便すぎる)タクシーで、空港まで。空港はかなり小さく、普通の長距離バスターミナルほどの大きさしかない。

Dsc05452 ライアンエアなので、本当は早く並ぶべきだったのだが、友との別れも惜しく、2人でカフェでパンとカプチーノ片手にゆっくり別れを惜しむ。




Dsc05453 普通は、ライアンエアだと、カウンターでパスポートチェックをするのだが、ここは小さすぎて、X線の並んでる列の途中にスタンプを押してくれるところがある感じ。ここで友人とお別れ。何となく感極まって、最後に涙が出てしまった。



ライアンエアに乗る時は、いつも早めに行くのだが、今回は遅くて、しかも普段は持っていないトローリーを持っていたため、頭上に入れる場所を見つけるのが大変だった。ちょっとした隙間を見つけて、周りのコートを除けたり、バッグパックを縦にしたりして、パズル感覚で、自分の荷物を入れるところを作って、押し込む。後ろで見ていたおばちゃんに"Well done!"と褒められる。

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2008年11月21日 (金)

イタリア・サンマリノ 02

ネットでサンマリノの天気を調べると、今日から4日間連続で晴れ。でもこんなに近いのに、リミニは曇り。相当迷ったのだが、昨日何も見れなかったので、もう一度サンマリノに行ってみることにした。

朝モーニングコールで目覚めると、既に朝ごはんを食べる時間はなく、そのままチェックアウトして、サンマリノ行きのバスに乗り込む。ギリギリセーフ。昨日アラブ系の商店で買った水を飲んで、空腹をしのぐ。

サンマリノに向かうにつれて、どんどん天気が霧がちになっていく。嫌な予感。天気予報は晴れだったのに。

Dsc05397 サンマリノに到着すると、濃霧。またかい。でも、空は青くて、光の中で霧の粒子がはっきり見える。変な感じの天気。霧に影が映ってる。



Dsc05392 とりあえずお腹がすいていたので、カプチーノとサンドイッチで朝食。



Dsc05396 塔の方に登っていくと、どんどん霧が晴れてきた。リミニの天気とサンマリノの天気って、全然違うのね。サンマリノの上のほうだけ、晴れていて、昨日は霧で見えなかった建物もはっきり見えてきた。



Dsc05404 今回は、入場料を払って、塔に入る。



Dsc05401 塔からの眺めは全く皆無(霧しか見えない)。でも空は晴天!サンマリノに再トライして良かった。



Dsc05407 上の方しか見えず、下の方は昨日と同じ状態だったので、1時間程の滞在で、リミニに帰る。



Dsc05410 サンマリノはショッピング天国って言うけれど、車の無い人にはショッピングは厳しいかと思われる。サンマリノに到着するまでの間にたくさんショッピングセンター的なものが並んでいるが、バスは停まらないし、停まっても1時間に1本くらいしかないし、実質観光客は行けない。上の方は、時計屋さんとかはあるけど、あとはお土産物的なものばかりで、ブランドショップがあるわけでもなく。セレクトショップ的なところは数軒あったけど。税金払いたくないイタリア人向けだね。



Dsc05411 リミニから、電車でボローニャ、乗り換えてフィレンツェへ。



Dsc05415 フィレンツェは、電車の乗り継ぎ時間が40分しか無かったのだけれど、どうしてもイタリアンが食べたかったので、駅の中のマクドナルドを無視し、一番近い京都って名前の中国料理屋も無視し、比較的駅近くのリストランテにはいる。観光客向けで、私が入った途端、日本語メニューが出てきた。あまり時間が無かったので、フィレンツェ風タリアテッレをオーダー。味は、いまいちだったけど、まあ良しとする。



Dsc05413 カプチーノにハートマークを描いてきて、「お前だけ、スペシャルだ」と店員に言われた。イタリア人だなぁ…。全く。全部食べきる時間もなく、半分くらい食べた時点で、タイムアップ。駅に向かって走る。



フィレンツェからペルージャへは、大体片道2時間くらい。宿題をやりながら電車に揺られ、友の待つ地へ。携帯があるので、逐次メールができて便利。

Dsc05431 駅のホームに降り立つと、友人が待っていた。久しぶりの再会。一緒に駅前のcoop(生協)に行く。イギリスにも比較的多いのだが、イタリアでは、もっと多い。友人いわく、特にウンブリア州は、coopが強いらしい。そこで、色々イタリアでおいしいものを教えてもらい、購入。箱入りパスタ、乾燥ポルチーニ、からすみペースト、トリュフオイル。トリュフは結構高めだけれど、パスタと混ぜるとおいしいらしい。



ペルージャのミニメトロ(2年前くらいにできた輸送機関。小さなモノレールみたいな感じ)で、友人の家へ。久しぶりなので、話は尽きない。

家の近くのリストランテがおいしいとのことで、予約してもらう。近くの野菜屋さんに寄る。(八百屋というほど大きくない。個人商店みたいな感じ。)地元で取れたキウイや、栗、そのおばちゃんが作った野菜を買う。イタリアは全体的にイギリスよりも物価が高いように感じる。普通の食品の値段は違わないのかもしれないけど、安い選択肢がない、って感じ。イギリスは、スーパーのプライベートブランドが結構安くて、それ以外のものはあまり買わないし。



Dsc05420 その後で、リストランテへ。今日のおすすめの欄を見ると、やたらとポルチーニの文字。きっとたくさん入ったに違いない。ポルチーニのサラダ、むちゃくちゃおいしい。



Dsc05419豚の脂を薄くスライスしたものを、パンに乗せたもの。ウンブリア州の名物。新鮮じゃないとおいしくないらしい。



Dsc05424プリモ。猪肉のトマトベースパスタと、ポルチーニのパスタ。どちらもうまい。特にポルチーニ。最高!



Dsc05425 メイン。牛肉。イタリアのどこかの地方の種類で、白毛種。ソースがバルサミコ入りで、さっぱりめでおいしい。



Dsc05426 付け合せの野菜は、この時期特有の野菜(アーティチョークの茎みたいな食感&味)とトマトソースの重ね焼き。



Dsc05428 デザート。クリームにナッツが入っていて、冷えている。うまい。食後酒のグラッパは、かなりアルコール度数高めだけれど、消化を助けるとのこと。私はミルク入りエスプレッソ。(イタリア人は、食後にカプチーノを飲まない…。) 




ほとんどフルコースを食べ切って、でもお会計は30ユーロくらい。十分に満足。

食事の後、ちょっと街のチェントロをぐるっとまわって、おそろいで化粧品(ゴールドのアイライナー)を購入して、友人宅へ戻る。暖炉に火を灯そうとするも、点かず。

ちょっと最近のタモリ倶楽部を見て、喋りに喋りまくり、結局寝たのは3時くらいか…。


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2008年11月20日 (木)

イタリア・サンマリノ 01

リミニに直接入りたかったのだが、金曜日はリミニへの直行便が飛んでないようだ。仕方がないので、リミニ近くの空港を探すと、どうやらボローニャかアンコナが近そう。どちらも電車でリミニまで1時間程度だ。でも、ボローニャの方が朝早い便があったため、リミ二~サンマリノの移動時間も考えて、ボローニャを選択、朝9時過ぎにボローニャに到着した。

ユーロを持ってくるのを忘れたので、ボローニャの空港で両替をしたのだが、両替所が1ヵ所しかなく、すごくレートが悪い。その上feeもcomissionも取るという、ぼったくり営業もいいとこだった。日本円のレートが悪いのはわからんでもないが、ポンドとのレートも悪い。スプリットが10%以上って!でもキャッシングの機械探すのも面倒で、結局そこで両替してしまった。

Dsc05346 バスで空港からボローニャ駅に移動。



Dsc05347 列車でリミニに向かう。リミニは思ったほど大きい都市ではないようだ。駅近くの観光案内所で、リミニの地図と、サンマリノへの行き方を聞く。「駅前のバーガーキングの前から出ます。チケットはバスで買って下さい」と言われる。



Dsc05348 バス出発前に駅前で食事。高め(っていうか、量が少ない)だったけど、結構おいしいシーフードリゾットを食べる。やっぱりイタリアは基本、食べ物がおいしい。カフェラテを頼んだはずなのに、何故かレモンティー(グリーンティーとレモン)が出てくる。どういうこと?



Dsc05351 バスのチケットは、運転手からでなく、その前にたむろしているおばちゃんから買う。そのおばちゃんがびっしり顎鬚が生えていたのが印象的。でも、ヨーロッパではかなりの確率で、髭のはえたおばちゃん(おばあちゃん)を見かける。



Dsc05357 1時間程の道のりを経て、サンマリノに到着。しかしほとんど霧で何も見えず…。真っ白。50メートル先も見えないくらいの深い霧。全くサンマリノ自体が見えないんですけど!



Dsc05353 仕方がないので、とりあえず観光案内所で、5ユーロ払い、入国スタンプもどきをもらう。こういう小金を稼いでるんだな…小国は。



Dsc05355 塔の方も歩いてみたのだが、全然何も見えない。他の観光客もほとんどいない。1組塔の中にお金を払って入っていったが、何も見えないのに、入る気にもならず。



ぶらぶらしていると、いくつかしょぼい博物館(拷問博物館とか)がある場所を発見。全く興味は無かったのだけれど、あまりにも外がつまらないので、好奇心博物館に入ろうとした。のだが。

そこで、財布が無いことに気付く。でもほとんど人ともすれちがってないし、すられたとも思えず。焦って来た道を引き返す。今まで旅行で財布を落としたことが無いので、かなり困惑したのだが、とりあえずクレジットカードは数枚別の場所に入れてあったし、大丈夫、と自分に言い聞かせる。

最初の観光案内所がなかなか見つからず、焦りに焦って、色んな人に道を聞くも、たどり着けず。結局30分以上迷って、観光案内所に行くと、おねえさんが、私の財布を保管していてくれた。案内所で落としていたらしい。お礼を言って去ったが、精神的に疲労困憊。下に下って、リミニに戻ることにする。

Dsc05358 バスの時間までしばらくあったので、途中のケーキ屋に入る。



Dsc05361 アーモンドチョコがかかった、プラリネ風味のシュークリームをオーダー。本当はもっと小さいクッキーとかをちょっとで良かったんだけど、1枚とかの単位では売らない!と言い切られたので、仕方なく、普通サイズのシュークリームに。1/3ぐらいしか食べなかったけど。



バスを待ってリミニへ。本当は、リミニから電車に乗って、ボローニャかフィレンツェで泊まる予定だったのだけれど、サンマリノに明日もう一度アタックするかどうかを決めかねていたので、とりあえずリミニ泊に決定。

Dsc05390 しかし、観光案内所はタッチの差で閉まった後。ホテルの場所の書いてある地図も持っていない。スーツケースをひいて、街中を歩くも、4つ星ランクのホテルしか見当たらず。もっと安宿を…と思ったのだが、街のサイズの割りに、ホテルの数が少ない。(見つけられなかっただけなのかも) 散々歩いて、結局駅近くの3つ星ホテル、「ナポレオンホテル」にチェックイン。



Dsc05374 値段は45ユーロくらい。部屋は必要以上に広い。何故かシャワーも2つある。無線LANも使える。



Dsc05375 Dsc05379 ホテルを探す時に見つけていた、感じのいいレストランで夕食。リミニは海沿いの町なので、シーフードがおいしいとのこと。シーフードの料理をオーダー。まじでうまい!!



Dsc05383 Dsc05385


食事の後、夜のリミニ観光。紀元前1000年前くらいのローマ以前の遺跡がいくつか残っている。

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2008年11月14日 (金)

ポーランド2

昨晩目覚ましを設定せずに寝てしまったので、朝起きると、1時間の寝坊! 急いで朝食を食べて、(スクランブルエッグも断って) チェックアウトを済まし、外に出た。

 

 

ヴィエリチカ行きの列車の時刻表はトマスクックに載っていたので、時間に間に合うように駅に行ったのだが、時刻表の時間と、実際の電車の時間が全然違った。50分近く待たねばならない。あまりにも時間がもったいないように思ったので、ガイドブックのミニバス情報を確かめに、片道15分歩いて中央郵便局前のバス停まで行った。

 

 

と ころが、バス停はあったものの、ヴィエリチカ行きのバスの時刻表見つからず。そこにいた修道女の人にヴィエリチカに行きたいんだけど…と言ってみたけれ ど、英語が喋れず。でも、どうやらここからヴィエリチカ行きのバスは出ない、長距離バス乗り場に行け!と言っているような感じだ。(地球の歩き方にはこ こって書いてあるんですけどー!)

 

 

しょうがないので、駅に戻る。すると、その途中で観光タクシーのおじさんに捕まった。ヴィエリチカまで、片道60ズウォティだそうだ。(ちなみに電車だと2.5ズウォティ)あと、電車で行くと、塩抗まで結構歩くし、道もわかりづらい、と言う。時間を買うと思えば、2000円くらいだし、それもいいかな、と思いつつ、振り切って電車の時刻表を見に行った。

 

 

Dsc02743 飛行機の時間が結構差し迫っていたので、かなり迷ったのだが、あと15分くらい待てば電車が出るとのことだったので、電車で行くことにする。1両編成の新しい電車で、多分特急。(特急料金取られた。7.5ズウォティ


 

 

Dsc02746 結局、駅に着いたら、あまり近くは無かったものの、450m前くらいから方向を指し示す看板が出ていて、全然わかりやすかったよ!心配して損した。


 

ヴィエリチカの入り口で、学生証を出したら、25歳までしかダメです、と冷たく言われる。(そう言えばドイツとかもほとんど25歳までしか学割使えないって言ってたなぁ…。)30分程度待って、英語のツアーに参加する。


 

 

Dsc02749 まず最初に、ひたすら螺旋階段に近いような小さい階段を下りて行く。いつまで続くの??って言いたくなるくらい、ひたすら長い階段。(でも車椅子の人も下で見たので、きっとエレベータはあったはず)


 

 

ガイドブックには、地下は寒いと書いてあったのだけれど、外よりかなり暖かく感じた。多分外よりも温度が一定に保たれているからで、夏に訪れた人は寒いと感じ、冬に訪れた私は暖かいと感じたものと思われる。


 

 

Dsc02751 塩抗の中は全体的にグレーで、塩分濃度は9095%だそうだ。残りの510%がグレーの成分で、ほとんどミネラルなので、精製前の方が味はおいしいとのこと。


 

 

Dsc02756 塩でできたコペルニクス像。岩塩の彫刻は難しく、かなり技術がいるとのこと。柔らかくて掘りやすいのだが、一度間違えると修正が効かないらしい。


 

 

Dsc02784 今は道がかなり整備されていて、木製の階段や床ができているので、歩きやすいが、昔はそんなものは無かったので、かなり滑りやすかったらしい。


Dsc02765 色々な彫刻が置かれている。


 

 

Dsc02772 かなりたくさんの頭数の馬を労働力として使っていたらしい。(ロバなどは地下で長時間労働できず、馬だけができたとのこと。) 馬を使うことで、地下で掘った塩を上に持ち上げていた。


 

 

Dsc02769 ヴィエリチカは、ヨーロッパで一番大きな塩抗ではないが、昔使っていたトロッコなど、道具の保存率では一番いいらしい。


Dsc02785 排水システム。


 

 

Dsc02791Dsc02797 ここが割とどのガイドブックにも使われている広間の写真。



Dsc02795 シャンデリア自体も塩の結晶でできている。壁一面にキリスト教のレリーフが彫刻されている。床もタイルのように掘られた塩。


Dsc02806 マリア像。塩の結晶は透明なので、裏からライトアップされている。


 

 

Dsc02814 Dsc02808 塩湖。死海よりも塩分濃度が高い。(暗くてあまりいい写真が撮れなかった)


 

 

Dsc02820 最後のホール。コンサートやレセプションパーティー、結婚式等も行われる。とても深い穴で、世界で初めて熱気球を飛ばした場所として、ギネスにも登録されている。


 

 

Dsc02824 世界で一番深い位置にあると思われる教会。ジョンポールも来たんだ!とガイドが言っていて、何のことかと思ったら、ヨハネパウロ教皇のことだった


Dsc02822 レストランもあり、地下で食事をすることもできる。


Dsc05308 地下へと続くエレベータ


 

 

Dsc05310 土産物屋で塩を購入して、すぐに帰ろうと思ったのだが、帰りの電車が1時間以上出ないことに気づく(日曜ダイヤで、平日よりも電車が少なかった)バスの時間も調べに行ったが、電車より更に遅い。仕方がないので、近くで唯一営業していたケバブ屋さんに入って昼食。生の白菜が大量に入っていたのに驚いたが、味はかなりいける。


 

 

Dsc05311 行きと違い、古い電車に乗って(2.5ズウォティ)クラコフに帰る。駅の下で、ピロシキらしきものが売っていたのだが、他のパンに比べてとても値段が高い(約4倍)いぶかしく思いながらも、2個購入。


 

 

そのまま空港行きの電車に飛び乗る。(7ズウォティ

 

 

Dsc05312家に帰って、ピロシキをオーブンで温めたら、水がたくさん出てきた。何事かと思い、ガブリ!と一口食べたら、ピロシキではなく、スモークチーズだったよ~! どうりで他のパンよりも高いはずだ…。オーブンで温めてしまったために、その後チーズはカチカチに…。


 

すごくたくさんの種類があったんだけど、あれは、何の違いがあったのだろうか…。


 

 

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ポーランド1

朝4時半のバスに乗って、空港へ.朝ごはんに前日作った、鯖のおにぎりを持っていく。朝早かったので、シャトルバスの中では爆睡。鯖の小骨が喉に刺さり、一日中不快な思いをすることに。 

 

空港での手続きは、さすがに3回目ともなるとスムーズで、すんなりと飛行機に乗ることができた。

 

Dsc02663 クラコフの空港に到着し、市内までの電車のチケットを購入したのはいいが、電車にどこから乗っていいのか全くわからず。どうやら空港の外に停まっているバスに乗ると、駅まで連れていってくれるらしい。


 

 

Dsc02664 電車で15分程度行くと、シティセンターに到着。駅の東側に出たら、大きなバスターミナルを発見。サインボードを見てみると、すぐオシフィエンチム行きのバスが出るところだったので、昼食を買って飛び乗る。結構大きいサンドイッチなのに、100円くらいで安い。運転手さんはいい人で、帰りのバス乗り場や帰りのバスの時間を確認してくれた。


 

 

Dsc02693 英語のツアーに申し込む。まず最初に映画を見るのだが、この映画が死体・死体・死体の山…という内容で、20分程度の映画だけで既にお腹いっぱい、といった感じ。最初に第一アウシュビッツと呼ばれる、オシフェンチウムを見る。


 

 

この場所は最初に収容所として建てられた建築物で、ガス室などもあったものの、民家の集まる集落から近かったこともあり、すぐに3㎞離れた位置に第二アウシュビッツを建設。(ちなみに、この時期オシフェンチウム周辺はドイツ領であった)

 

 

Dsc02666Dsc02668 まず一番有名な入り口のゲート。ARBEITBの字が逆さにつけられているが、これはナチスへのせめ てもの抵抗であった、と言われている。


Dsc02670ARBEITはアルバイトで、ドイツ語で労働の意味。"働けば自由になれる"と書いてある。


 

 

 

Dsc02672 次に内部の建物であるが、これらの建物は収容された人々の生活スペースとして利用されていた。ここに囚われていたのは130万人中110万人がユダヤ人だが、それ以外の人も収容された。14万~15万人のポーランド人(他の収容所から移送された)、23千人のロマ(ジプシー)、15千人のロシアの戦争犯罪者、その他25千人の中には、ホモセクシュアルの人々等当時のマイノリティーおり、ここで労働させられた。


 

 

冬は-15~-20℃になることもあり、過酷な条件の中酷使されていたものと思われる。上着や靴などはほとんどワンサイズで、ほとんどの収容者はぶかぶかの服と靴で過ごすことを余儀なくされた。

 

 

驚くほどに脱走者の人数が少なかったのは、1人が脱走すると、その周りの人々に思いペナルティを与えていたからで、何日も食事を抜かれたりしたらしい。

 

 

ヨーロッパ各地から集められたユダヤ人たちは、列車に何日も乗せられ(一番遠いギリシャからは、10日間!)食べ物も全く与えられず、トイレはバケツのみというひどい状態のなか、ぐったりとしていたため、ほとんどアウシュビッツに着いてからは強く抵抗する者はあまりいなかったという。

 

 

Dsc02671 到着するとすぐに、荷物を"CANADA"と言われる荷物置き場に置いて、男性は丸刈り、女性もベリーショートのような髪形にされる。そこで集められた髪は、当時の毛織物(主にカーペット)の原材料として使われた。その髪の一部は今でも保存されており、今アウシュビッツで一番ショッキングと言っても過言ではない展示物となっている。100畳以上ある部屋全体に人間の髪の毛が積み上げられているような感じである。


 

 

 

Dsc02674

それ以外にも、被害者の持ち物の一部が展示されている。メガネは当時丸メガネしか無かったようである。


 

 

 

実はユダヤ人は、この場所にはほとんど収容されておらず、ほとんどがガス室行きであった。


 

 

Dsc02681 旅行鞄。それぞれに持ち主の名前が書いてある。


 

Dsc02676

 

たくさんの義足。遺体から取り外されたもの。


 

 

 

Dsc02678 食事用の器。


 

 

Dsc02679

子供用の靴。ユダヤ人以外で、一部の金髪碧眼の子供は、「再教育」をした後、ドイツ人家庭に養子に出されたらしい。それをドイツ人の血の純血化と呼んでいたらしい…ヒトラーだって金髪でも碧眼でもないのに。


 

 

 

Dsc02688死のブロックと呼ばれた11号棟では、鞭打ち台や飢餓室、立ち牢(死ぬまで立つ)、移動絞首台などを見ることができる。


 

Dsc02687_2  これは、11号棟横にある、銃殺に使われた壁。


 

 

 

ここで雨がしとしとと降ってきて、びしょぬれになり、かなりヘコむ。


 

 

Dsc02702 バスに乗って、第二アウシュビッツと呼ばれるビルケナウへ。2kmほどしか離れていないのだが、ビルケナウの周辺には何もない。大量虐殺を周辺住民に感付かれることを恐れたナチスは、わざとこの場所を選んだと言う。


 

 

 

Dsc02703 4時のバスで戻る、という選択肢もあったのだけれど、ガス室に行くのは歩いていく必要があるので、1時間はかかると言われた。ガス室を見たければ、5時の最終バスになってしまう。かなり迷ったのだが、やはりここまで来てガス室を見ないのはいかがなものかと思い、5時のバスで第1アウシュビッツに戻ることに決める。


 

Dsc02705_32アウシュビッツは、シンドラーのリストの舞台になった場所。


Dsc02715_2 駅のプラットホームに降り立って周りを見渡すと、逃げ場が無かった、というのが本当に実感できる。線路の脇は鉄条網で囲まれているし、とにかく見晴らしが良すぎて、隠れる場所が無い。家族を連れている人がほとんどであったため、例え自分1人が逃げられたとしても、他の家族を置き去りにせざるを得ない。


 

 

 

Dsc02707_2今では数個しか残っていないが、木造のバラック小屋のようなものが並んで建っている。戦時中はこれが夥しいほどの数建っていたのだが、ソビエト軍に破壊され、残った瓦礫を1ヶ所に集めて展示用に再建されたものである。


Dsc02712_2Dsc02716_2 寝室。第1アウシュビッツに比べると、収容規模が違う。


 

 

 

 Dsc02709_3トイレ。穴のみ。


 

 

Dsc02719_2 ガス室。でもほとんど朽ちているといか、崩れ果てており、近くに寄れないような状態になっていた…。この場所で、サイクロンBと呼ばれる毒ガスによって、たくさんの人が虐殺された。 


 

 

 

Dsc02723_2 ガス室近くに建っている記念碑。


 

 

5時のバスで、第1アウシュビッツの博物館前に戻ったのだが、クラコフへ帰るバスが、これまた日曜ダイヤで、かなり待つ羽目に。しかも極寒。何故毛糸の帽子を持ってこなかったのか、と悔やむことに。


 

 

本当はアウシュビッツに向かう前にホテルを取っておくべきだったのだけれど、バスに飛び乗ってしまったので、帰ってきてからホテルを探すことに。安宿を3軒周るも、いっぱいです、と断られる。アウシュビッツで雨に降られて、かなり濡れて寒かったので、近くにあったそこそこのレベルのホテルに部屋を取る。駅のすぐ前という立地だけが取り柄だ。


Dsc02742_2 部屋はとても狭く、ベッドの幅程度の広さしかない。(まあ気にしないからいいけど)あと、チェックインの時に、シャワー付きと言われたのだが、何とシャワーはあるのに、トイレは共同だった。(普通はシャワー付いてたら、トイレも付いてるだろ!) さすがにホテルなので、トイレはかなり綺麗だったけど、夜中に変な格好で外のトイレに行くのは嫌だなぁ…。


 

Dsc02738_2 ガイドブックを見て、良さそうなレストランに行こうと思ったのだが、行ったら閉まっていた。仕方がないので、近くのお客さんがたくさん入っていた、窯焼きパンケーキのお店に入る。


 

Dsc02740_2 色々メニューがあって、かなり迷ったのだが、“Polish Plate”という、ポーランド料理詰め合わせ、のようなメニューが、魅力的だったので、選択。(値段は他の料理の2倍)内容は、リブ肉のはちみつ漬け、カツレツ、ブラッドプディング(豚の血と肉と米を混ぜたもの)、ハンガリアンポテト、ポークチョップ、豆の牛肉巻き、野菜ソース等。ザワークラウトが切れているとのことで、BIGOの代わりに白ソーセージにされてしまった。(肉だらけ!)


 

ポーランドは、長い冬に備えるための保存食だったハムやソーセージ等の料理がおいしい。あとはロシアっぽい料理(ボルシチやペルメニ等)も。


 

Dsc02739_2 飲物は、Beverageの欄に“sour milk”と書いてあったので、これは珍しい、と思って頼んだところ、単なるプレーンヨーグルトが出てきてびっくり。


 

お腹いっぱいになったので、ホテルに帰る。気付けば夢の中…。

 

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