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2009年5月24日 (日)

シンガポール4

■空港へ
朝5時に、モーニングコールで起こされる。チェックアウトもすぐに済み、タクシーは既に外で待っていた。クレジットカードは、携帯電話を使ったモバイルの機械で決済。全てのタクシーでカードが使えるとは、さすが都会だ。

■チェックイン
何と、チェックインの時、「お忘れものはありませんでしょうか?」と聞かれ、全く覚えが無かったので、「無いです」と答えたら、奥の方に行って、行きの飛行機で前座席ポケットに入れっぱなしにしておいた(つまり捨てた)本を手渡された。

すごいなー、日本の航空会社は。JALなんて、と思ってたけど、やっぱりサービスきっちりしてるわぁ。とりあえず受け取って、空港内のゴミ箱に捨ててきたけどねー。

■朝食
19 空港で、ラクサを食べる。ラクサの麺の形が面白い。短くて、両端が先細りしてる。お箸で掴みにくい。私の苦手なココナッツミルクが入っているが、味は結構おいしい。


■スタバ
予定よりも早く入国審査を通れたので、スタバで1時間以上時間を潰した。チャンギ空港には、プールがあるようだ。こんなに早朝じゃなければ、一泳ぎできたかもしれない。残念。スタバの店員のオーダーの仕方が歌を歌ってるみたいに大声で言うので、イラッとくる。ここで、ほとんどシンガポールドルは使い果たした。あと、MRTのチケットのデポジット変換し忘れたことに気付く。1ドル損したけど、65円だから、いっか。

■飛行機
JAL/AA共同運航便にて帰国。機内は行き同様ガラガラ。横になって寝て帰ることができた。

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2009年5月23日 (土)

シンガポール3

■朝食
昨日買っておいたサンドイッチを食べる。意外に量が多くて、全部食べるかどうか迷ったが、結局完食。

■マンダリンオリエンタルへ
朝、ホテルを出たが、早朝ということもあり、タクシーが見当たらない。45分前に出れば電車でも大丈夫、と思っていたのだけれど、ホテルから駅まで15分かかり、更に朝早くということもあって、電車がなかなか来ない。乗り換えもあったし、マンダリンオリエンタルも最寄のシティホール駅から遠く。久しぶりに全力疾走。朝だというのに既に暑く、汗が吹き出して止まらない。

韓国人の女の人(1つ年下)に盧武鉉が今朝自殺したことを告げると、飛び上がらんばかりに驚いていた。そうだよな…。

■夕飯
シンガポール人の人に、タイ料理屋さんに連れて行ってもらう。メンバーは韓国人、中国人、私(日本人)、シンガポール人。やはり東アジアの人とは通じ合えるなぁ…。タイ料理、おいしい。

食後、タクシーでホテルへ。パソコン類の重い荷物を置く。この後の時間何をしようか迷う。あと1時間早ければ、ナイトサファリに行っても良かったのだけれど。あと、手持ちのシンガポールドルが底をついていることに気づき。明日の朝のフライト時間が早いので、ホテルにモーニングコールとタクシーの手配を頼む。

■チャイナタウンへ
ホテルから、ずっとクラーク・キーという駅に歩いていたのだけれど、川沿いの道でくねくねしているので、意外にまっすぐチャイナタウンに向かった方が近いかも、と思い、散歩がてら歩く。20時過ぎくらいに訪れたのだが、チャイナタウンはすごい人&熱気。

■再び、マッサージへ
昨日は、日本のガイドブックに載っているお店に行ったのだが、チャイナタウンの複合ショッピングモールの上の方の階には、大体マッサージ屋が入っているようだ。私がブラっと入っていったところも、10軒以上ひしめいていて、昨日のところよりも全然安い!足裏専門のところや、ドクターフィッシュを飼っていて、角質除去してくれるところまで色々ある。大体、60分で25~28ドル(1800円くらい)、といったところ。

一番混んでそうなお店を選んで入る。ここでも「英語できるから日本人とは思わなかった」と言われる。タバコくさい白いメガネをした男みたいなおばさんだったが、腕はまあまあ。肌の乾燥を指摘される。1時間しっかり足も肩も揉んでもらった後、ショッピングセンターを出ると、もう周りのお店も閉まりかけている。

残りのお金で、黒タピオカ入りミルクティーを飲む。行列ができていて、人気店のようだ。日本で飲むよりもタピオカのサイズが若干小さくて飲みやすい。あと、甘さを5段階で調節できるのはいいね。3段階目のハーフにしてもまだ甘かったけど。

■カヤトースト

18ヤクン・カヤ・トーストでカヤトーストのセットを食べる。カヤトーストは、シンガポールの軽食で、大体カヤジャムを挟んだトーストと半熟卵トコーヒーがセットになっている。トースト+卵+コーヒーなんて、まるで名古屋の喫茶店のようだ。

カヤジャムというのは、卵、ココナッツミルク、パンダンリーフ(香り付け用の葉)、砂糖でできたジャムで、薄いスウィートポテトのような感じ。コーヒーも元々甘いので、かなり口の中があま~い感じになる。何とこのお店は東京の豊洲ららぽーとにも支店を出しているらしい。

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2009年5月22日 (金)

シンガポール2

  朝、起きて、今日何をするか全く決めずに寝てしまったことに気づく。ホテルは朝ごはんがついていない(と、言っても、食べたければ3ドル(200円弱)で食べられるのだが。)ので、朝のうちにチャイナタウンに出て、中華を食べることにする。

■チャイナタウン

4 チャイナタウンは、駅からお土産物屋が並んでいる。どれも安そうな中華テイストの大量生産品ばかり。


5 一番有名なヒンズー寺院「スリ・マリアマン寺院」があり、入ったのだが、残念なことに、一番綺麗な入り口の門が改修中(写真緑のビニール部分)。写真を撮るには、3ドル払う必要があるのだが、改修中なので払わず。地元のインド系移民の人が多く、皆熱心にお祈りをしていた。外で靴を脱ぐ必要あり。あと、中で「sweet rice」という、オレンジ色のご飯を進められたが、断った。甘いご飯ほど嫌いなものはないのだ。


10 チャイナタウンのTemple Street沿いには、マッサージ屋さんがたくさんある。普通のマッサージやエステ的なspaから、怪しげなお店まで。特に「Men massage by men only」という、「男による、男のための※@*#%&」、という店も。タイとかにはよくあるらしいけどね。


■朝食

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朝食べる中華、と言えば、中華粥。ということで、通り沿いのお店に入る。無難にチキンの中華粥をオーダー。(蛙とかもあったんだけど)揚げたニンニクスライスが香ばしくて、おいしい。

■佛牙寺龍華院
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その後、佛牙寺龍華院という、大きな仏舎利を持つ仏教のお寺。金色に輝く釈迦像の周りには、100体もの小さな釈迦像に取り囲まれており、まばゆい。全体で曼荼羅を表しているとのこと。この様式は、唐時代のものだそうで、当時の寺の内部を再現したつくりになっている。

私が行った時には、お坊さんがマイクを持って、ずーっと歌(お経)を歌っていた。日本のお経よりもずっと抑揚があって、歌に近い。大音量なので、頭痛がしそうだったけれど、信者も皆歌っていて、トランス状態になりそうだな、と思った。皆が歌いながら見てる本を見たら、何と「大般若波羅蜜多経」、と書いてあった。ってことは、般若心経の大元のやつだから、日本と変わらないんだなぁ…。と驚き。

■アロママッサージ
チャイナタウンは、マッサージ屋の数も多いし、値段も他の場所よりも安そうな気がしたので、適当にお店に入って、マッサージを受ける。シンガポール人のおばちゃんに、ニキビが多いことを指摘される。おばちゃん、マッサージうまい。ラッキー!肩こりが結構ほぐれた。日本と違い、客のお尻の上に乗りながら揉んでいる。また、日本のアロママッサージと違い、基本、容赦無いので、パンいち(パンツ一丁)だったのだが、パンツをぐいっと下ろされ、お尻の脇の筋肉まで揉み解される。

+ + Fuji Traditional Aroma Therepy + +

No.50, Club street Singapore 069427

Tel: 6225 4822    Open: 11:00-22:00

■昼食
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るるぶに載っていたチキンライスを食べに、「コーヒーテラス・グッドウッド・パーク」へ。オーチャードにあるコロニアル調の高級ホテルの1階にある、カフェなのだが、時間的にもハイティー(15:00~)の前で、ハイティーの準備を忙しそうにしていた。雑誌には人気のハイティーで、並ぶこともある、って書いてあったけど、混んでなかった。ここのチキンライスは、普通のチキンライスの何倍もの値段なのだけれど、ご飯が丸くなってて、チキンの味付けも上品。

■ショッピング
17グッドウッド・パークの並びのショッピングセンターへ。若者向けのショッピングセンターで、高島屋や伊勢丹よりも安め。何だかんだで試着しまくり。買いまくり。4枚服を買ったが、ほとんど韓国製。気付けば時間がかなり経っている。

■足ツボマッサージ
るるぶに載っていた足ツボマッサージに行くと、客はほとんど日本人。観光客っぽい人もいたけど、駐在っぽい人も。痛くても痛さを顔に出さないように我慢。

時間的にも夕方になってしまい、明日の朝早いことを鑑みて、MRTでホテルの方向に向かう。本当はリトルインディアとか、アラブストリートとか行きたかったんだけど。

■夕食
3_2 Jumboという、東京にも支店のあるシーフードレストランに行く。かなりの人気店のようで、予約なしで行くと、出る時間を1時間半くらいで切られる。普通のお店ならそれでも問題ないと思うのだけれど、ここの名物は『チリクラブ』。最高に食べにくいので、食べ終わるまでに時間がかかるのだ。できれば事前の予約が望ましい。

Jumboは品川店に行ったことがあるのだが、(参考:今日はカレー日和「シンガポール・シーフード・リパブリック 」)この店は、シンガポールの3つのレストランが、シンガポール政府公認、ということで開いているお店なので、味はしっかりしているはず、と思い、ホテルの近くであったこともあり、選んだ。品川では、チリクラブの値段(時価)にビビって頼めなかったが、今回は旅行だから、遠慮せずに頼む。

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チリクラブがどの程度のボリュームなのかわからず、スープ(かぼちゃとシーフードのスープ)と帆立貝のヤムいも衣揚げをオーダー。両方ともうまし。

16 そして、一番小さいサイズのチリクラブをオーダーしたのだが、時価の値段はSサイズで1kg、40ドル(約2600円!安い!) だった。しかも、出てきてびっくり。Sでもかなりの大きさ。ソースもたっぷり。このソースを花巻という中華パン(肉まんの外側みたいなやつ)で掬って食べる。蒸したパンと揚げたパンが選べる。私は欲張って2個ずつ、4個食べた。揚げパンの方がメニューとしては一般的らしい。

味は、全然想像と違う。ソースの味がすごく濃い。そしてチリソースは結構辛い。熱々かつ唐辛子いっぱい(Hot & Hot)のソースに漬かったカニを手で割りながらむしゃぶりつくので、指にささくれとかがあると、結構痛いかも。殻が日本の蟹よりも固いので、剥くのも一苦労。エプロンをかけてくれたのに、何故か洋服にもチリソースが飛びまくっていた…。お会計は80ドル(5200円)。2人前近く食べた気もするけどね…。

明日の朝ごはんを食べるのが難しいかもしれないので、centralという日系複合施設の下にあるスーパーで、ヨーグルトとサンドイッチを購入。高いが仕方ない。subwayもあったのだけれど、野菜が多くて明日の朝までに水が出そうな気がして。

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2009年5月21日 (木)

シンガポール1

残念なことに、朝から微熱。周囲からは、豚インフルエンザ騒ぎのさなかによく海外になんて行きますね、っていう感じの反応。

シンガポールまでは7時間のフライト。意外に遠い。もうほとんど赤道間近だ。JALに乗るのは久々だが、木曜日にシンガポールに向かう人なんてほとんどいないのか、機内はガラガラ。

招待されていたパーティのきっちり2時間前に着陸。多分余裕で間に合うかとその時は思われた。

しかし、シンガポールのチャンギ空港は、とにかくでかい。到着したターミナルから、中心地に向かう電車(MRT)の出ているターミナルまで、モノレールに乗ったり、歩いたり。切符の買い方は難しくはないのだが、10ドル札が使えなかったりして、ちょっと戸惑う

元々、マンダリンオリエンタルに用事があったため、マンダリンオリエンタルに泊まろうと思っていたのだが、3連泊分は予約が取れなかったため、以前雑誌で見たおしゃれなデザイナーズホテル、Gallery Hotelをネットで取って行った。

…ところが。最寄りのMRT駅から結構遠く、10分くらい歩く。ちょっとくらい遠くてもいいかな、と思っていたのだが、結構不便。あと、空港の駅から電車を3本も乗り継ぐ必要があり、そこも不便。まあ、スーツケースも機内持ち込みサイズの、小さいやつだからそんなに大変ではないけど。

電車を乗り継いだり、ホテルまで歩いたりしていたら、何とホテルの部屋に入れたのがパーティの15分前。Oh no! ということで、タクシーに乗る。目的地まで5~600円。

1 チャイムスという、お嬢様女子高だった建物を複合レストラン&ショッピングセンターにしたような場所に向かう。中庭にはチャペルがライトアップされていて、素敵な雰囲気。この場所のはす向かいには、かの有名な、ラッフルズホテルが。


パーティは、思ったよりもエンジョイできた。日本人が1人しかいないパーティなんて、絶対無理、と思っていたのだが、全然平気だった。19:00~21:00までのはずが、普通に22:30くらいまでいてしまった。人数も減っていたので、途中でおいとました。問題は、パーティはフリードリンクだったのはいいのだけれど、食べ物がフライの盛り合わせしか出なかったこと。食べ終わるとまた同じフライの盛り合わせが運ばれてくる。何でパーティだって言ってるのに、フライしか出てこないねん。スパイシーなポテトフライがおいしく、ついつい食べ過ぎたが、胃の中には主に芋のフライしか入っていず。

13 あと、ホテルの最寄り駅クラーク・キー駅周辺は、リバーサイドの夜遊びスポットで、ものすごくにぎやか。(ホテルはそこからかなり川下に歩くので、うるさくはない。)ホテルも結構あるのだが、いわゆる一番日本人が泊まるメジャーな場所ではない。東京で言えば、うっかりお台場に宿取っちゃったようなもんで、若干不便な感じは否めない…。


2 行きはタクシーで行ったが、帰りはMRT(地下鉄)で帰る。治安がいいって、いいなぁ。ホテルの前にある橋が、村上隆風のポップなデザインだ。


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2009年5月20日 (水)

旅のこと。

私は今、旅行好きみたいな顔で生きておりますが。

昔から好きだったのか、と言うと、昔から好きでした。

旅行好きの母親の影響だと思います。


初めての海外旅行は、小学校の3年生くらい。ハワイでした。

その後もサンフランシスコやロスなど、アメリカばかり最初のころは行っていたような気がします。

今となっては懐かしいですが、その頃はアメリカに旅行にいくのにもビザがいりました。円ドルレートも270円くらいだったのではないかと思います。


その後も普通の国に行き続けていたのですが、中学の時に事件が起こります。親に「1人でヨーロッパに行って来い!」と言われたのです。

1人で、と言っても、中高生用のサマースクールです。イギリスでちょっと勉強して、ちょっと乗馬やって、というゆる~い3週間の旅行でした。

行く前は、「無理、無理、ぜっっった~いムリ!1人は嫌!」なんて言って、成田まで両親に送ってもらったのですが、行ったら楽しくて楽しくて、成田に迎えにきていた両親に「え?何で来てるの?」と暴言を吐いてしまうくらいに、エンジョイしたのでした。


小学校~高校までは、受験の年以外は毎年1回ずつ海外に行ってました。それが、大学生になった途端、年3回に増えます。

そして、大学2年か3年の冬、フィンランドに留学した友達を訪ね、生まれて初めての1人旅に出ます。あるのはヘルシンキと成田間のスカンジナビア航空のチケットだけ(コペンハーゲン経由)。気儘に3週間の旅行に出ました。

友達に会いに行くのが一番目的ではなく、大学のオーケストラに所属していた私は、フィンランド出身の作曲家シベリウスの曲をその時演奏しており、プロの音楽家のコーチの人達に「日本にいる人間が、フィンランドの自然を表現した音楽を、表現しきれるわけがない!」と言われたのが悔しくて、つい

「よっしゃ、見てきてやろうじゃないの、フィンランドの大自然とやらを」

と思い立ったのが直接の動機でした。

冬のフィンランドはもちろん、寒く、頭痛がするような、でも澄み渡った、キーーンと銀の糸が張ったような空気に満ちており、とても新鮮に感じたことを、10年以上たった今でも思い出します。

道行くおばちゃんに、「今日は暖かくて良かったわね。最高気温が-15℃よ」と言われた時には、驚きましたが、それでも風の強いウィーンとかに比べれば、過ごしやすいと感じた気がします。

首都ヘルシンキではなく、フィンランドの田舎に友達はいたので、ヘルシンキから列車に乗って向かいました。行けども行けども真冬のツンドラ地帯で、風景は一向に変わりません。でも、大地の息遣いが日本とは違うような気がしました。


そこから私の1人旅ライフが始まります。何も決めない。気の向くままに。

1人旅にはいいところがたくさんあります。どれだけ自分自身と向き合えるか、が大事だと思うんです。人と一緒では味わえないポイントです。

あまり記憶が定かではないのですが、次はベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)だったと思います。


1人旅には、主に2種類あります。

-全て1人、宿は自分で予約するか現地で取る。
-事前にガイドと泊まる場所を手配して行く。

いわゆる普通に1人旅、というものを想像すると、上の方を想像するかと思うのですが、下の方もなかなかいいです。特に僻地に行きたい時には。とにかく楽です。空港に人が向かえに来ているなんて、天国です。

ただし、日本語が喋れるガイドは稀少ですので、やはり多くは英語になります。ガイドと2人きりで周ることになるので、あまり英語が堪能でないと、少々気詰まりかもしれません。


旅行は、どんな形態であれ、楽しいものです。自分の日常生活に、相対的な視点を取り込める、というのが旅行の一番素晴らしいポイントだと思ってます。

自分が普段苦労していること、悩んでいること、そんなことはここにいる人達からみたら、ちっぽけな問題だ、と思ったり、何であんなことで悩んでいたんだろう、と思ったりします。

しかし私は、ともすると普段の生活ですぐに狭窄な視界に戻ってしまいがちなので、しょっちゅうリセットのために旅に出ます。

あと、当たり前じゃないか!と怒られてしまうかもしれませんが、旅行中、よく

「ああ、人間っていうのは、食べて、排出して、寝ているだけの存在だ」

と思います。思うというか実感します。普段の生活では、旅行中ほど急激な空腹や、排出欲を強く実感することがほとんどありません。だから、「食って、出してるだけの存在じゃないか!私は。」と旅に出るたびに気付き直すのです。

私の人生、後何年の間、自分の足で歩き回れるかわかりませんが、歩けなくなるその日まで、旅を続けて行きたいと思います。

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2009年5月 7日 (木)

ラオス9

■モン族(Hmong)豆知識

Photo ラオスには100以上の少数民族がいるとされているが、その中でも一番メジャーなのがこのモン族。ラオスの全人口の約6%(31万6千人)を占める。アカ族などもいるのだが、人里離れた場所に住んでいるため、出会うことは稀。しかしモン族の人々は、ラオ族と居住地域も離れていず、交流しながら暮らしている。


3_2モン族は、白モン族、花モン族、赤モン族、黒モン族、青モン族ンなどのグループに分かれている。ラオス以外にも、タイや中国、ベトナム、ミャンマーなどに広く分布する。

モン族で特徴的なのは、そのカラフルな民族衣装。


1_2また、モン族の正月(12月)には、毬を投げながら集団見合いが行われる。男女がそれぞれ正装をして、2mぐらい離れて一列に並び、男性は気に入った女性と毬投げをする。毬投げが続いている間は、気が通っているということで、気に食わなくなったら、違う方向に毬を投げる。

男性には女性を選ぶ権利があるが、女性には拒否する権利があるようになっている。(ねるとんと同じ方式)

一夫多妻制で、10年前までは、7人まで妻を娶ることができたが、今は3人までになったらしい。

2人目の奥さんは、1人目の奥さんと一緒に見定めに行く。農業(焼畑農業)を営んでいる家がほとんどなので、労働力としても複数の奥さんがいた方が楽になるらしい。2人目の奥さんは1人目の奥さんの言うことを聞かねばならず、3人目の奥さんは2人目も1人目も言うことを聞かねばならないので、ヒエラルキーができている。

最初の結婚をした時点で、家を新築するが、その時点で家は一間の造りになっている。2人目以降の奥さんを迎えた時や、子供が出来た場合には、その家にベニヤ板などで壁を作って、部屋をどんどん仕切っていく。

旦那さんが、その日どこの部屋に泊まるかは、部屋の入り口にタオルをかけることで表示する仕組になっている。

女性は妊娠したら、家から出て出産専用の小屋に赴き、自力で誰の助けも借りずに出産する。

男性が女性のことを見初めた場合、誘拐をして、3日間誘拐したら、結婚をしなければいけないことになっている。基本的に離婚は不可。してしまった場合は、実家に帰ることはできない。

女性が働き、男性が子供の面倒を見たりもするが、基本的には遊んで暮らしていて良い。

ポピーの栽培が盛んで、ポピーから取れるアヘンの中毒者も多い。

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2009年5月 6日 (水)

ラオス8

■成田到着
明け方、成田に到着。

■ラオスまとめ
Mapラオスは、全体的に、タイを田舎にしたような感じ。人々も素朴。商売人やお土産物屋も多少の値段交渉はあるものの、あまりアグレッシブさはない。



ラオスに行くならば、国境沿いにいる少数民族を見に行くといいと思う。ラオスの多くを占めるラオ族の女性は民族衣装のスカートをはいていたりするのだが、その他は西欧的。モン族はわりと都市部でも見ることができるとのこと。アカ族などは人里離れた場所に住んでいるので、見に行くのは難しいらしい。



ラオスの人口は約600万人。少数民族がたくさんいるが、主な民族はラオ族で65%を占める。昔はランサーン族と呼ばれ、フランス統治下にあった。ベトナムとの共通点も多く、フランスパンがおいしかったり、カフェオレに必須のコーヒーが特産だったりする。メコン川を挟んで、タイとは兄弟国のような関係になっている。メコン川沿いの人はもちろん、その他の人もタイのテレビ番組や、ラジオを聴いているため、タイ語が通じる。また、文字はタイ語に酷似しているように見えるが、50%はタイ語と共通の文字、50%はオリジナルの文字を使用しているとのこと。



6月~10月は雨季で、11月~5月が乾季。4月が一年で一番暑い季節。有名な水かけ祭りもこの時期に行われる。



国の政治は社会主義で、公務員の月給は約6000円。賄賂が多く、経済発展の妨げとなっている。出家は自由にでき、嫌ならすぐにやめることもできる。若い出家僧が多く、その多くは貧乏な家の出身。出家することによって、無料で勉強することができるため。また、衣食住も無料になる。大学を出ると、坊主をやめて社会人になる人が多い。



Laoscoffee1 名産品はコーヒー。ヴェトナム同様、練乳を入れて飲む。布を使ってドリップするらしい。粒子が細かいのか、色がものすごく濃いのだが、味は見た目よりすっきりしている。香りが立つタイプのコーヒーではないが、なかなかおいしい。




Laosmoney 通貨はキップ。ベトナム同様、米ドルが国内で普通に流通している。(対照的に、タイでは米ドルを使用することはできない。植民地になったことがあるかどうかの違いなのだろうか) また、タイは日本同様、車が左側通行だが、ラオスはアメリカのように右側通行を採用している。

3_4 ラオス墓事情-ラオスのお墓はお寺の境内に建てられているが、日本のように一箇所にかたまっているわけではなく、点在している。大きさによって値段が違い、大きいものほど高い。この写真のもので約5万円程度。かなり裕福な人向け。一家に1つではなく、1人1個。お金の無い人は、墓は建てずに散骨。

形状はタイの東北部のお墓に似ており、ストゥーパの形状をしているが、タイのものほどキラキラしていたり、ガラスのモザイクが入っていたり、派手ではない(と、言っても、日本人の感覚からすると、十分派手なんだけど)

 

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2009年5月 5日 (火)

ラオス7

■ワット・シーサケート
1_3 1812年建立の、ヴィエンチャン最古の寺院。残念ながら本堂内部は撮影禁止だったのだが、今回の旅行でここが一番印象に残った。さっと見ただけだったけれど、半日くらいいてゆっくり時間を過ごしてもいいな、と思った。

建物も木造でほかの場所と違って金きらきんでなく、味のある建物だったし、回りの回廊の無数の仏像もかなり素敵。



2_3何故か1つの穴に2つずつ、銅像が入っている。ガイドによると、相談相手がいないと寂しいから、と言っていたが、定かではない。他の寺院が割とカオス的に色んな仏像が並べられているだけに、この規則的な感じがorganized、って感じで好感度が高い。三十三間堂を思い出した。本堂内部も回廊と同じ壁の作りになっていて、仏像が2つずつ入っている。



■ワット・ホー・パケオ
1_4ビエンチャン様式で建てられたお寺。ビエンチャンへの遷都の際にルアンパバーンから運ばれたエメラルド仏を安置するために建立された王朝の守護寺院。1779年にシャム王国との戦争で寺院は焼失し、エメラルド仏は持ち去られてしまった。(タイのワット・プラケオにあるエメラルド仏がそれだと言われている。) 



2_4 現在残されている仏像も、頭の上が全て壊されているが、これは、頭の先に宝石類が埋め込まれていたので、シャムに持ち去られたとのこと。本堂内撮影禁止。




■タート・ダム
3_3タート・ダム (黒塔)は、ビエンチャンの市街地の真ん中にある黒い塔。その昔、穴が開いていた場所があり、そこからナーガ(龍)が出てきて村人をさらっていったので、その穴を埋めるために建てられた、と言われているが、伝説の域を出ず、定かではない。



■Dinner
4_2 5_2 バンコク空港内で食事。トムヤンクンとか、焼きそばとか。



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2009年5月 4日 (月)

ラオス6

昨晩、デジカメのバッテリーの充電を忘れたため、写真が思うように撮れず。私のバカ。

■ワット・シェントン
86 88 89 メコン川とカーン川が合流する地点に立つ、町を代表する寺院。1560年建立。セタティラート王によって建てられた。屋根が地面に向かって張り出している、ルアンパバーン様式。



87 ワット・シェントンも、王宮博物館同様、赤地にガラスのモザイク画が豊富だった。ガラスのようにキラキラ光るものが好きなのかもしれない。



90 龍をモチーフにした、1960年シーサンワンウォン王の葬儀に使われた霊柩車。一度使って、この地に置かれている。霊柩車に合わせて建物を作ったため、もうこの建物から取り出すことはできない。




■Lunch
7 tamnaklas restaurantにて。フライトに備えて、早めの昼食。ラオスの素麺。っていうかつけ麺。生のもやしとバナナの花をたっぷり入れて食べる。このレストランは欧米の観光客のために、2階で本の交換を行っている。自分の持っている本と、レストランにある本を2ドル程度で交換可能。




■ヴィエンチャンへ
92 再びLao Airでラオスの首都、ヴィエンチャンへ向かう。40分程のフライト。ラオスの国内線の行き先案内ボード。日に5便しかない。




■タート・ルアン

6_3 ラオスで一番有名な建造物、黄金の仏塔、タート・ルアンへ。敷地に入ると、16世紀にルアンパバーンからビエンチャンに王都を移したセタティラート王の像が鎮座している。タート・ルアンの起源は、3世紀頃、インドの使者がブッダの胸骨を納めるために建立した、と言われている。1566年にセタティラート王により再建され、ハスの花をモチーフにした3層構造の塔となった。昔は第1層が庶民、第2層が高僧、第3層が王のみ入れるエリアだったとのこと。しかし現在では第1層・第2層が一般人、第3層は僧が入れるようになっており、鍵がかかっている。第3層には30本の尖塔があり、サンスクリット語でブッダの教えが書かれている様子を、第2層から覗き見ることができる。

毎年11月中旬にはタート・ルアン祭という盛大な祭りが催され、国内各地から僧が集まる。期間中は、第1層の床で寝泊まりする。外には夜店などが出て、人々で賑わう。




■パトゥ・サイ(凱旋門)
93 アヌサワリーとも呼ばれる、凱旋門。タラット・サオを経てタート・ルアンへと延びるビエンチャンの目抜き通りである、ランサン通りにある、戦没者記念塔。パリの凱旋門を模して作られているそうなのだが、形状は何ともアジア的。パトゥは門、サイは勝利の意味。アヌサワリーと言うのは、記念塔の意味。



94 上に登ると、市外を見渡せる。(とは言え、そんなに高いというわけでもないので、あまり綺麗ということもない…。) これは門の下から上を見上げたところ。美しい装飾がなされている。




■タラット・サオ
95 タラットは市、サオは朝を意味し、直訳すると朝市なのだが、今は夕方まで開いている。タラット・サオは8:30~17:00までの営業で、それまでに撤収する必要があるらしく、16時過ぎると店を閉め始めるので注意。中心には近代的なショッピングセンターもあるが、その周りはいわゆる市場になっている。ラオスのお土産物も揃う。特に絹製品の民族衣装の店が多い。



山Pや、 東方神起が載っている地元紙を見た。やはりこんなところでも人気か…。ラオス産のおかしはほとんど無いらしく、ここで唯一タマリンドのゼリーを売っていた。色とりどりのセロファンに包まれてはいるものの、見た目は邪悪な黒い塊なので、きっと買って帰っても、誰も食べてくれないこと請け合い!ラオス独自のお土産はあきらめる。

季節外れなのだがドリアンを食べる。熟れすぎてて臭く、あまりおいしくなかった。



■Dinner
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Kualao Restaurantで食事。秋篠宮や小泉首相も訪れたことのある、有名レストラン。伝統舞踊を見ながら食事をすることができる。


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ラオスのダンスは、パッと見タイダンスに似ている。女性の指先の動きとか。でもあんなに煌びやかではなくて、もっと素朴な感じ。



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2009年5月 3日 (日)

ラオス5

■托鉢46
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朝早く起きて、托鉢見学。托鉢は、もち米を手で少しずつお坊さんの鉢の中に入れていく。10000キップ(約120円)払うと、托鉢用のもち米を買うことができ、托鉢体験もできる。お米はマストで入れる必要があるが、それ以外にお菓子や果物を入れても良い。



48 お坊さんから、托鉢のおこぼれをもらう子供達



49 花を売る少女



■朝市
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朝市で、食材を見る。セミが沢山売られていた。揚げてたべるらしい。逃げないように、羽をもぎ取られて、バケツにいれられていた。



52 本当は捕獲禁止の山イグアナも売られている。(お店の人は隠そうとしていた)スープにするとおいしいらしい。



53 炭火でワッフルを焼いている。買って食べたら、ココナッツがたっぷり入っていておいしい。とうもろこしも入っているとのこと。



54 へびちゃん。噛まないように、頭はティッシュでぐるぐる巻き。



■メコン川上流へ
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発動機を1台積んだだけ、って感じの船で上流へ1時間ほど向かう。川の水はぬるいが、ボートに乗っていると結構涼しい。



■サンハイ村
57 サンハイ村、という酒造りで有名な村でボートを途中下車。地元の焼酎を試飲しながらまわる。へびやさそり入りのお酒は男性用だそうだ。普通の焼酎は意外に飲みやすい。



58 楽器造りのおじさん。二胡と同じ造りなのだが、胴体に弦をこすり付けないと音が出ない。弾いてみたらまともに音が出なかった。



59 おままごとをする少年少女。



60 家の中を交渉して見せてもらう。以前ホームステイしたタイの少数民族の山村よりもかなり豊かな生活をしている。



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酒造所。と言っても6畳くらいの狭いスペースで蒸留している。薪で火を焚いている!ここでつくられた焼酎は、「ラオラオ」と呼ばれている。


63織物もさかんで、実演販売をしている。しかし 、私が行った時期は、観光シーズンではないらしく、多くのお店が閉まっていた。



■パクウ洞窟
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断崖絶壁になっているところにぽっかりと口を開けている洞窟。ルアンパバーンから、35kmメコン川を上流へ上った位置にある。1つの入り口から2つの洞窟に入ることができる。1つはタム・ティン。切り立った岸壁がくり抜かれており、おびただしい程のブッタ像(約5000体) が並んでいる。今は、置く場所が無いので、一般からの仏陀像奉納は断っているとのこと。




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タム・プラカチャイは昔僧が瞑想を行った洞窟で、今もライトアップされておらず、真っ暗。中には仏像と祭壇がある。




71 外では懐中電灯の貸し出しを行っている。(有料)懐中電灯が無くても、しばらくいると目が慣れてきて、中の物が見えるようになってくる。



■Lunch
72  地元の人がいく麺料理屋で昼食。ルアンパバーン名物の川海苔。表面にゴマとにんにくが付いていて、揚げてある。



73カオソーイ(辛味噌肉麺)。美味。



■王宮博物館
74 残念ながら内部は撮影禁止。シーサワンウォン王の住居として1909年に建てられた宮殿。メコン川のすぐ横に建てられており、交通の便が良かったとのこと。王政が廃止されて今は博物館として利用されている。内部には居住スペースと共に、各国からの贈り物などが展示されている。王様やお妃様の部屋、食卓は広くて清潔感はあるものの、かなり質素。
その代わり、中央の執務スペースは派手な造りになっている。赤い壁に、ガラスのモザイク画が一面に張りめぐらされている。使用されているガラスは全て日本からの贈答品だとのこと。



■ワット・マイ
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昨日行ったプーシー山入り口のすぐ横にある。建物が綺麗。5層の屋根の形がルアンパバーン様式だとのこと。1796年創建。本堂の扉にはラーマーヤナや釈迦の説話が黄金のレリーフとして施されている。


78 この扉の彫刻は、ラオスの1000キップ札の柄としても使用されている。




■ワット・ビスン・ナラット
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1513年建立。別名、西瓜寺(ワット・マクモー)。すいかの形をした塔があるため。建立当時は美しい木造の寺院であったが、他民族により破壊されて、現在はコンクリートの柱で支えている。



81西瓜とよばれる由縁となっている、タート・パトゥムという塔。



83 隣で、お祭りが行われていた。




■アロママッサージ
アロママッサージへ行く。最初は普通の日本のアロマと一緒かな、と思っていたのだが、途中蒸しタオルを丸くしてポンポン叩くマッサージが入っていたのが特徴的。血行が良くなりそう。



■再び夜市
82昨日買いそびれたポーチを購入。




■Dinner
84 演奏付きレストラン。あまりやる気の無さそうなおじさん達が、うまいのか下手なのかよくわからない音楽を延々と演奏していた。



85 エビフライ、厚揚げ入り野菜炒め、青菜のスープ等。



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2009年5月 2日 (土)

ラオス4


■パクセの市場
33 32蛙や雷魚など、日本ではなじみの無い食材がたくさん売られている。腸に詰めたてのソーセージとか売ってる。ココナッツの種に似た果物を買って食べるが、あまりおいしくない…。マンゴスチンはちゃんとおいしかった。やはりフランス統治下だっただけのことはあり、 フランスパンは結構おいしい。ふんわりしている。バナナの葉にくるんだちまきを食べたら、あんこともち米が混ざっていて、バナナの葉の香りが染込んでいておいしい!




■Lunch
34またもや水上レストラン。川海苔と豆腐のスープがおいしかった。




■ルアンパバーンへ
35 Lao Airlineでルアンパバーンへ。Lao Airlineの飛行機は、とても内装が派手。ルアンパバーンは、世界遺産になっている都市。欧米からの観光客や日本人観光客が多い。




■プーシー山
36 328段の階段を登ると、タート・チョムシーと呼ばれる金色の仏塔が立っている。階段は綺麗に舗装されているため、軽装で登れる。小高い山のようになっているので、ルアンパバーンの全景を眺望することができる。夕暮れ時に夕日を眺めるのには最適。



37 途中で小鳥を籠に入れて売っていた。放すことで功徳を積む、ってやつだと思う。




■モン族のナイトマーケット
38 プーシー山のふもとでは、夕方5時からモン族のナイトマーケットが行われている。ナイトマーケットで売られているものの多くは、モン族のハンドメイドの土産物なのだが、売っている人の多くは、ラオ族の人。



39 ここで派手なモン族のバッグを購入。




■バーシー
40 41 42 43 ラオスの厄除けの儀式。この時に結ばれた紐は3日間は取ってはいけないらしい。このお供え物を食べると健康になれる。




■Dinner
44 45 赤米のカオニャオ(もち米)まるで赤飯ようだ。赤い方が白いカオニャオよりも高級品とのこと。ルアンパバーン名物、川海苔の揚げたものが出てくる。美味。




■Hotel
Manoruck Hotelに宿泊。ルアンパバーンは、たくさんゲストハウスがあるので、そういう所に泊まった方がおもしろそう。

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2009年5月 1日 (金)

ラオス3

 
■国境越え
14朝、バスで国境を越えて、タイを出国してラオスへ。ラオスのパクセに向かう。国境で両替するかどうか迷うが、ドルも使えるとのことなので、両替せず。国境で待っている間、ラオスの麺料理売りのおばちゃんに色々売ってるものを見せてもらう。




■ボート
1516 ワット・プーやコーン・パペンは、いかだのボートで見に行くのだが、人数が集まって、ボートがいっぱいになるまで出発しないので、かなり待つ。物売りが色んなものを売っていたのだが、バッタの串焼きが一番衝撃的だった。




■Lunch
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Maekhay Restaurantで食事。

メコン川で採れたばかりの川魚など。意外にも美味。食後のバナナに種が入っていて、びっくり。この旅初のもち米登場。ラオスでは主食はもち米とのこと。このようなケースで蒸して出される。




■ワット・プー博物館
ワット・プーはラオス最大の宗教遺跡なのだが、損傷が激しく、ユネスコなどの援助で修復作業が続けられている。特に日本のODAは役立っており、このワット・プー博物館も日本のODAの力で建てられたもの。既に崩壊した建物から、モチーフや石像を温度・湿度管理下で保管している。仏教的な石像もあるのだが、基本はクメール人の作ったヒンズー遺跡。

入り口の土産物屋でモン族の人形とその人形をモチーフにした絵本がかいかったのだが、高いので買わず。お化けの人形だそうだ。




■ワット・プー
  22  世界遺産にもなっている、クメール遺跡。ワット=寺、プー=山。日本語で言えば山寺。バサック山のふもとに建てられている。パクセから南に46km。私はカンボジアのアンコールワットには行ったことが無いのだが、似てると思う。古代ヒンズー教のモチーフがそこかしこに象られている。



20男性器を象った石像。リンガ。



21崩壊寸前のところを、国外のODAが修復している。これはフランスが修復したもの。南の宮殿。横にはほとんど同じ造りの北の宮殿があり、それぞれ、女性と男性がわかれて使用していた。



24_2 ヒンズー教の神々が以前は奉られていた。



23今は、仏像が飾られている。



25&7階建てになっており、7階には天国があると言われていた。



26この水を悪いところに掛けると、良くなる、と言われている。



27入り口前に人工池があり、それぞれ男性と女性にわかれて沐浴してから、寺に入ったと言われている。



28 昔、生贄を捧げるのに使用していた石台。



29 象がそのまま石になったと言われている石。




■コーン・パペンの滝
30メコン川のコーン瀑布群の中で、一番大きなコーン・パペンの滝を見に行く。ボートがなかなか出発しなかったため、かなり時間が遅くなった。乾季なので、水量は少なめとのことだったが、それでも激しい様相を示している。メコン川は、穏やかな川として知られているが、この箇所は、唯一メコン川が荒れ狂う場所、と言われている。

ラオスとカンボジアの国境となっている。ラオ文化とクメール文化を分かつ、とも言われている。落差20m、幅300m。




■Dinner
31 ラオス料理。魚のフライ、トムヤンクン風スープ、ラープ(ラオスのそぼろ料理)、牛肉炒め等。


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